観た映画を5段階で評価し、感想をお話してます。
ヒューマンドラマ

映画「ジョーカー」感想&考察 色々怖い作品だが1番怖いのは・・・

ポスター – (C) 2019 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved TM & (C) DC Comics

はい待ちに待った映画「ジョーカー」を観てきました。

大学時代からの友人K君と肩を並べながら鑑賞。今回行った映画館は【イオンシネマ新百合ヶ丘】

本当は池袋にあるグランドシネマサンシャインという今年7月19日に出来たばかりの映画館で観る予定だったんですが、私のミスによって行けなくなり、結果K君家近くの新百合ヶ丘へ。ごめんねK君。

さて、館内情報です。

夕方16:05分からの上映。観客数は大体40~50人といったところでしょう。客層は幅広く、青春満喫中の高校生から粋なおじいちゃんまで様々でした。

公開から約12日が経ち、平日夕方、そして新百合ヶ丘という事を考えるとまずまずの入りではないでしょうか?

ということで待望の「ジョーカー」レポ始めます。

 

 

映画「ジョーカー」の感想

曲がり角なしの極悪街道をノンストップラン

(C) 2019 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved TM & (C) DC Comics

今作は最狂のヴィラン「ジョーカー」の誕生譚。

あの冷酷非情で狂った殺人ピエロはいかにして生まれたのか?という事だけに焦点を当てた物語なのです。

ネタバレになるので詳しくは書きませんが、エベレストからマグマの奥の奥まで転がり落ちるかのような転落ぶり。これこそ究極的な負の連鎖でした。ぷよぷよで例えるなら50連鎖くらいしたんじゃないかな?

最初に訪れた災難は職を失うという。しかも理由が理由ね(笑)いやそりゃ萎えるよねというなんとも言えない理由でクビを宣告。

それを機に魔の歯車は動き出し、次々と訪れる悲劇。

電車での一件はあまりに唐突で、その後の病院での展開もこのタイミングで?という絶妙に最悪なタイミング。バナナで転んだと思ったら床にがびょう落ちててブチ刺さる。みたいにもうありえないタイミングで訪れる悲劇。

でも出来事は全然ありえなくない。全て日常的に訪れる、誰しもに起こりうる可能性があるものばかり。

その負の連鎖が重なり、悪の化身ジョーカーが誕生するのだけれど、本人が望んだ結果というわけではないんですよ。だから非常にもどかしい。

ジョーカーになる直前の最悪の出来事の時に、ババ抜きさん(あるキャラクターの事です)がババ抜いてくれてたら。

でも「あ?え?なるほどそっかぁ」と言う感じに唯一のストッパー役である人物がこれまたまさかの展開で機能しなくなり。

もうどうしようもない。

翼を持ったケルベロスの様な暴走。誰も止められない。ジョーカー自身も止められない。(ある理由で)

と言う感じで、もう見事というレベルで曲がり角がない極悪街道を翼をもったケルベロスがに駆け抜けるような勢いがありました。

 

 

ジョーカーになるきっかけは極めて善的

(C) 2019 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved TM & (C) DC Comics

アーサーめちゃくちゃ良い奴じゃないですか。

子供と目があえば必ず笑わせようとしたり、母の介護を熱心にしたり。職場の上司や、同僚は小ばかにしてるけど、彼の本当の姿というか、影での努力を見たら馬鹿にするような事は出来ないと思います。

アーサーほど純粋無垢な心をもった人間はなかなかいないなと。でもだからこそ彼は堕ちるとこまで堕ちてしまった。

彼は悪の許容範囲が著しく狭いんだと思うんですね。電車で子供を笑わせた時、その子の親に邪険にされたシーンなんか観てそう思う。

理不尽だと思う事に対して「そういう事もあるよな」では終わらない。とことん悩んでしまう。良くも悪くも悪を見過ごせないタイプなんじゃないかな彼は・・・

終盤の「道に俺が転がってても、見向きもしないだろ」みたいなセリフでもそれを窺えます。

悪は絶対悪。というようにどう考えてもこの世に悪が存在することを受け入れられなかったんでしょう。

だからその悪を倒すために、悪になった。それも最上級の悪に・・・

彼にはグレーゾーン(許容範囲)がなかったから、オセロの石のように白から黒に一気に変貌を遂げてしまったのかなと。

と考えればジョーカーになった動機は極めて善的なんですよね。(彼自身は精神的に追い込まれ過ぎてそう言う風には考えれてなかったと思うけど)

動機は決して間違ってない。ただその後のやり方が大いに間違っていただけ・・・

それを考えると(動機が動機だから)もうやりきれない気持ちでいっぱいで。鑑賞後はモヤモヤしっぱなしでした。

とここまで動機について話してきましたが、行動に焦点を当ててみてもアーサーは完全に悪ではないと思うんですね。

電車での事件は完全に正当防衛でしょ!と。

俺だってあんなことされたら頭撃ち抜きますよ。それで人○しだなんだって言われても構いません。彼らは殺されても仕方ないような事をしているワケですから。そもそもそうなる(殺される)かもっていう想像力がなさすぎる。

その後の事件はジョーカーが自発的しているので肯定できませんけど、電車での件は正当防衛ですよ!!

 

 

陽気なピエロを冷酷なピエロにしたのは紛れもなく世間!

(C) 2019 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved TM & (C) DC Comics

話は変わりますが、アーサーをジョーカーにしたのは紛れもなく「世間」でしょう。

これはラストシーンを観れば明らかだと思います。ネタバレになるので詳細は伏せますが、アーサーのある行動に感化された人たちが、「物理的に」アーサーを救出。

そして褒めたたえる。祭りのようにワッショイ、ワッショイと。

今まで何をしても認めてもらえなかった。褒めてもらえなかった。むしろ(何も悪い事してないのに)貶され続け、居場所なんてどこにもなかったんですからそんなんされたら、そうなるに決まってます。

アーサーに「間違った居場所」を作ったのは世間です。

アーサーをジョーカーに仕立てたのは世間なんですよ!!!

 

はい一人で熱くなってしまいましたが、これほど悲しい事なんてないんじゃないかなと思います。

自分が望んでなったわけじゃないんですから。

 

すごく居た堪れない気持ちになる。俺がそばにいればって思ってしまうんですね。まぁ実際そばにいたとしても自分の非力さを痛感することになるとは思いますが・・・

でも力になれないとしても、その人の悩みを根本的に解決は出来ないとしても、「そばにいてあげるだけ」でも全然違うと思うんですよ。

過去の話になりますが、俺自身めちゃくちゃ辛い時誰かがそばにいてくれるだけで、元気が出たり、前向きに考えたり出来ましたから。

だからね、皆さんもね周りの誰かが困っている時、そばにいてあげてください。それだけで全然違いますから。

どう励ませばいいか分からなくても、笑わせてあげれなくても、抱えている悩みを解決できなくてもいいんです。

そばにいるだけで救われることだってあるんです。

第二のジョーカーが生まれることを阻止しましょう!

まぁこういっちゃ「俺も辛いんだよ」とか「私だってそばにいてほしいわ」なんて思いますよね。

それめちゃくちゃ分かります。

だから余裕がある時だけでいいんです。自分が少し余裕が出来た時に誰かのそばにいてあげるだけで。

そしたら回りまわって自分が困った時にもきっと誰かがそばにいてくれますから。

 

 

と言う感じでですね、なんだか自己啓発本に書いてありそうな内容になってしまいましたが、まさか「ジョーカー」に関係する映画を観てこんなこと考えるなんて思いもしませんでした(笑)

バットマンシリーズのジョーカーを見てたら勝手に最初から悪人だと思い込んでいましたけど、これ観て確信しました。

生まれた時から悪人なんてありえないんですね。

 

 

悪を吸収していくかのような音楽。センスが凄い。

とちょっと暗めのお話になってしまったので話題チェンジです。

演出力が素晴らしくて度肝抜かれました。

ストーリー的には賛否ありますが、演出力、画的な画面構成の巧さは抜群かと。ここは異論の余地ないんじゃないかなと思いますね。

 

緑色に髪染めしたシーンや、予告でもありましたが階段で水たまりの水をまき散らしながら踊ってみせるシーンなど芸術的な映像におったまげました。

音響もかなり効いていましたね。重低音のコントラバスかな?チェロかな?ちょっと定かではありませんが、まるで人々の心に生えている悪を(アーサー)が吸収していくかのように聞こえるBGM。

いやぁセンスアリよりのアリすぎ!

 

神がかっていましたね。私も他の観客から悪吸い取りそうになったので、必死に一緒に観てた友人K君にムーディー勝山のように受け流していたのは内緒の話。

きっと彼は今頃、電車で隣の乗客の額に5608回噛んだガムを押し付けていることでしょう。

いやぁ悪ですねぇ。というかK君ごめんね。私こう見えて悪の許容範囲狭いからさ!

 

とまぁそんな感じで、あの重低音のBGMには相当なパワーを感じましたね。音楽担当のヒルドゥル・グーナドッディル氏に拍手!!!

 

ホアキン・フェニックスの演技力に脱帽どころか脱服

(C) 2019 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved TM & (C) DC Comics

アーサー扮するホアキン・フェニックスさんの演技には脱帽どころか脱服レベルでした。

これには彼を前にしたら服を着ていることさえ失礼にあたるんじゃないかなとと言う意味があると同時に変態の前では、自分も変態でいなければという意味もあります(笑)

そんな冗談はさておき、演技力ありすぎですよ。

ドラゴンボールで例えるなら戦闘力54万。ギリギリフリーザ様を倒せちゃう。

甲高い声で奇妙に笑ってみせたりして異様な人物像を作り上げたことも凄いですが、それ以上に複雑な心境を表情に変換する力が凄すぎる。

序盤カウンセラーとマンツーマンで話すときとかね。

本当は悲しい気持ちなのに何故か笑ってしまうという場面。

目を閉じて聞くとただ笑っているように聞こえる。でも目を開けてみると、なんか違和感が。

よーく見てみると、笑ってる顔の奥に泣いてる顔が見えてくるんですよ。だまし絵みたいにして。

いや奥っていうよりか、瞬間的に笑顔と泣き顔が交互に映し出される感じというかうまく説明できないです。観た方がはやい!

ストーリーが面白くないとかいう人もちらほらいますが、ココだけはどう考えても素晴らしいでしょうと!

ということで上手く伝えれませんでしたが、ホアキン・フェニックスの演技だけでも一見の価値はあると思うのでまだ観てない人は是非観てください。

 

「ジョーカー」を観て思った本当に怖い事とは!?

この物語を観て怖いなと思ったのは信者たちの行動です。ほぼ見ず知らずのアーサー(ジョーカー)にあそこまで擁護するのか?暴徒と化すのか?と。

理由はどうあれアーサーのしたことは人殺しですからね。(大事な)人を殺されてああいった行動に出るのは分かりますが、真逆ですからね。人殺しを崇めているのですから。

あの光景(ジョーカー復活のシーン)現実性が帯びすぎていて非常に怖いなと。近年SNSなどでもよくみる「赤の他人に首突っ込む輩」を連想させられまして。

その人のこと良く知らないのに、すげぇ乱暴な事言ってたりするじゃないですか。我こそが正義みたいな感じで。その人の(ことの)背景も良く知らずに、ただの悪口をバンバン浴びせたり。その人(悪口言われてる人)が求めてないのにね。議論なら分かりますが、ただの誹謗中傷ですからね。言われてる方が嫌なのは当たり前ですが、言ってる方にも悪影響だと思うんですよね。悪口が自分の脳に刻まれ続けてその人にも得が全然ないような気がするんですが・・・

まぁ何が言いたいのかと言いますと、形は違えど(ジョーカーに加担する信者のシーンと)本質的にはなんら変わらないような事が日々SNSで繰り広げられているという事が非常に怖いなぁと思ったんですね。

物語では金持ちだけが得をするような仕組みの社会に嫌気がさしたいわゆる社会的弱者たちがジョーカーの後をを追うようにして暴れだすワケですが、これ今の日本で起こってもおかしくない。

言論の自由があったり、殺人事件の数が比較的少なかったり、餓死するような人がいなかったりと、恵まれている日本ではありますが、国民に経済的な格差があるのは紛れもない事実なわけで、もしも本当にジョーカーのような人が出てきて、あのような事件を起こしたら、それを見た人たちが死んだ鳥に群がるハエの様にしてワ――――っと集団化する。そして警察じゃ対処できないほどになってしまう。

というのが本当に起こりそうと思うと非常に怖い。

 

そしてもっと怖いのは一瞬でもジョーカーに肩入れしてしまった自分がいるということです。心に余裕がある時はそんなことはないですが、余裕がない時は危ないです。

ストレスのバトンリレーをしてしまいそうになる。社会人の方ならお分かりいただけると思いますが、例えば上司にこっぴどく理不尽に怒られて、その時感じたストレスの解消しようと訳もなく部下に当たり散らしてしまう。

そんな経験はありませんか?ないかもしれませんが、そのようなことを見た事はあるんじゃにでしょうか?私が以前やってた飲食系の仕事では往々にしてそのような事がありました。

エリアマネージャーというお偉いさんがいきなり店にやってきて売上がどうだの、数字がどうだの部下である店長に散々喚き散らして、その次の日、いや下手したらその日から店長部下に厳しくなる。厳しくなるのは(商売なので)仕方ないですが、理不尽な感じがして凄く嫌で、部下に厳しくしてるを見るのも嫌でしたが1番は本当は部下に優しくしたいと思っている自分までもがいつのまにか理不尽にキレていたりしたんですね。後でハッと気づくという。そういう時って大体は心に余裕がないときなんですよ。

最近もストレスが溜まっているせいか、一瞬でもジョーカーに味方してしまっていた自分がいたんです。「やっちまえーー」って。

行動を起こしてないだけで信者となんら変わりありません。それに気づいた時怖かった。自分の中にも十分に信者になる可能性があったということですから。

先ほどストレスのせいにした自分がいましたが、それは間違いかもしれないですね。本当に心が強い人は例え膨大なストレスを受けたとしても、非道徳的な行動はしないのかもしれませんね。日々心を鍛えなきゃですね。

ということで自分が信者のようになってしまう可能性を考えたらすごく怖くなりました。

 

そしてもっともっと怖いのは信者たちとジョーカーの関係性です。序盤アーサーは子供たちにリンチされるんですね。なんも悪い事してないのにです。

(ジョーカー誕生の理由は)アーサーの心の弱さもありますが、そういった非道徳的な行い、というより非道徳的な行いをする人たちのせいでもあるわけです。

それらが原因でアーサーは悪の化身ジョーカーへと変貌を遂げるのです。がちょっと待ってください。

お気づきでしょうか?暴動を起こした信者たちを思い出してください。警察は信者たちに何も悪い事をしてないのに、信者たちは暴動を起こすのです。

信者たちはアーサーの為になっているようで、全くなっていない。むしろ悪影響でしかない。

アーサーからすると信者たちのような人がきっかけでジョーカーになり、信者たちのような人に持ち上げられてジョーカーになるという。

この構図、非常に怖いなと思いました。

 

 

そしてもっともっともっと怖いのはこの一連の出来事が全てアーサーの妄想かもしれないという事です。

最後のシーンを観れば分かると思いますが、この物語はもしかしたら全てアーサーが頭の中で考えてだけの妄想である可能性があるのです。

だとしたら非常に怖い。バスの中の子供も本当はいなくて、仕事クビにされたのも、母とのやり取りや全て妄想だとしたら・・・

そう考えると何よりも怖いのはアーサーの存在です。人殺して称えられるイメージを持っているなんて怖すぎる。

 

そしてもっともっともっともっともっともっともっともっともっともっと怖いのは

 

 

これだけ怖いと思わせた「ジョーカー」を手掛けた監督ドット・フィリップス氏の脳内です。

 

 

 

おわりに

はい、そんなこんなで色々思うことがありました。

本来エンタメ性満載なはずのアメコミ映画でしたが、今作は究極的にヒューマンドラマ。まぁそんなことは分かり切った上での鑑賞だったんですが、予想以上のセンセーショナルな内容に若干メンヘラ気味になっているナウでございます。

ので、辛いことがあって精神的に疲弊している方には断固としてオススメできません。この作品は余裕がある時に観てください。

でないと、身が持たないというか、第二、第三のジョーカーが続々誕生する羽目に・・・

 

それは考え過ぎか(笑)まぁ余裕ある時に観るにこしたことはないです。そしたらきっと周りの困っている人に温かい手を差し伸べることができると思いますから!

ということで以上を持ちまして映画「ジョーカー」の感想を終わりたいと思います。

最後まで読んでいただいて、ありがとうございました!

 

 

 

 

ABOUT ME
ガタヤン
ガタヤン
今まで観てきた映画は累計1000タイトル以上。専業主夫をしながらオススメの映画を紹介していきます。1番好きな映画は『ジョー・ブラックをよろしく』。趣味はテニスとサッカー観戦とサウナです。質問などあれば【お問い合わせ】をご利用ください。